女子叩け

2020年12月30日 08:48

万葉集20−4297   大伴家持

歌意
女子(ヲミナ)叩け。「奪われ」「剥がされ」。手早く溶かせ。早鹿は回りつつ外へ出て行くだろう。高円の野である

 この歌には題詞が添えられていた。「(天平勝宝5年)8月12日に、二三の大夫等各々壺酒を提(と)りて、高円の野に登り、聊かに所念を述べて作る歌三首。家持の歌はその一種である。

 初句で、開口一番、「女を叩け!」と詠んでいる。憎悪の一言である。韓国語でヲミナといえば「女」の卑称。家持はいきなり悪口を叫んだことになる。家持をして、いきなりこうした「悪口」を吐かせた女はいったい誰なのか。歌は冒頭から興味を引く。

 家持作8ー1495の中では、太上天皇こと元正天皇(元明の娘氷高皇女)を激しく責めていた。元正天皇=氷高皇女は聖武より21歳も年上の愛人であった。二人の性関係を非難した歌が8ー1495である。しかし20−4297で家持が責めているのはその母元明である。文武亡き後、不比等は孫首皇子=聖武を即位させるまでの繋ぎの天皇として双子の実姉たちと娘を即位させた。さらに皇太子石川広成をその座から追放し、首即位に反対する高位層の人物を次々に消していった。

 家持はなぜ高円の野に酒壺を持って登ったのか。この高円山の裏手に志貴皇子のお墓がある。また、高円山の麓にある白毫寺も志貴の没後、元明天皇が志貴皇子の山荘跡を寺にしたものと伝えられている。志貴の山荘は10ー2113歌にある、皇子たちの「隠れ家」だった。要するに家持は高円の野に「供養」のために酒壺を持って登ったということになる。

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