絵ピソード6

その31      高校時代、古典の授業で万葉集を学習しました。全然興味を持てませんでした。 たとえば、「春過ぎて     夏来たるらし   白妙の    衣ほすてふ    天の香具山」。季節が移って春から夏になるのは当たり前。山に洗濯物を干す⁉︎洗濯物を干すのは軒下ではないのか。
  「岩走る  垂水の上のさわらびの   萌え出ずる春になりにけるかも」水の上にワラビがあるはずない。ワラビは乾燥した原っぱに生えるものなのに、、、旧暦の昔ならワラビが出るのは春ではなく初夏ではないのか?一見美しい景色のようでいてどこか変。こんなの歌に読むほどの感動なの?後世に残すべき絶景なの?今ひとつ腑に落ちなかったものです。それに枕詞というのがわからない。たった31文字の歌なのに、意味もなく、ただ次の語にかかる形式的常套句に5文字も使っていいものか、理解できませんでした。
   ところが、李寧煕(以後イヨンヒ)先生の『もう一つの万葉集』を読んでそれらの疑問は氷解し、目から鱗が落ちました。
  ✴️万葉集1-28  持統天皇作
    春が過ぎて夏がやってくるのだろうか
            肌着の衣の紐をほどくあなたからいつになく
            強い香りが漂います
  ✴️万葉集8ー1418   志貴皇子作
      皇位継承潰しを速やかに推進されよ。高位層の人々よ。相手は「鉄の鎌足の子」を斬った。一味は集合し
           正体をさらけ出したので、こちらの計画通りになってくる
           ようだ

その32    イヨンヒ先生は、1989年に『もう一つの万葉集』を出版なさってから、万葉集の解読一筋に邁進してこられました。最後の後援会機関紙(隔月に一回発行)『まなほ 102号』を2016年5月に発行なさるまで、30年以上の長きにわたって活動してこられました。それは実に孤独な作業であったと思います。なぜなら万葉集が韓国語で書かれていることを、私たち韓国語を知らない日本人の読者にはイヨンヒ先生のようには理解できないからです。誠実なお人柄、卓越した能力などからイヨンヒ先生のおっしゃっていることは正しいと直感的にわかるのですが、いかんせん言葉の壁が私たちには乗り越えられないのです。いわんや、これまで万葉学者として美しい砂上の楼閣を一生懸命築いてきた諸先生方は、はなから聞く耳を持たず、些細なことで揚げ足を取り、イヨンヒ先生を寄ってたかって迫害してきました。初めから理解するつもりなどないのです。
    言葉の壁があると言っても、幸いなことに、2003年から韓流ドラマ「冬のソナタ」が日本で放送されて大ブームとなりました。私は2006年にNHKで放送された「チャングムの誓い」を見て以来、韓流ドラマのファンになりました。少しずつ韓国語になれ、たとえば「足引乃(あしびきの)」という枕詞の意味は「高貴な女性殺し」であり、万葉集におけるアシ つまり高貴な女性とはほとんど持統天皇を指している、とイヨンヒ先生はおっしゃっているのですが、韓国ドラマでお嬢様、お姫様のことをアッシ、アガシと言っているので、あっこれだと分かってくるのです。また「噛む」あるいは「顎」のことを韓国語で「アギィ」というと知ると、私が子供の頃に「アンギィ、アンギィして食べろ」と言われたことを思い出し、ただの方言で、擬態語だと思っていたことが、「噛み噛みして(よく噛んで)食べろ」ということだったのか、と分かるのです。そして、日本の方言には古代の韓国語が残っているんだということに驚かされます。

その33    真実を明かす者は、迫害されます。ソクラテスも死刑になり、イエスも処刑されました。イヨンヒ先生が、万葉集は古代韓国語で詠まれている、と発表するやいなや、万葉集研究の大御所の先生方が寄ってたかってイヨンヒ先生を迫害しました。
   イヨンヒ先生は計 8 冊の単行本(1989年『もう一つの万葉集』・1990年4月『枕詞の秘密』・1990年10月『天武と持統』・1991年『日本語の真相』・1992年『フシギな日本語』・1993年3月『蘇える万葉集』・1993年10月『怕ろしき物の歌』・1998年『もうひとりの写楽』)を文芸春秋社から出版された後、1999年7月からは、後援会会員にのみ万葉集の解読通信を送るという形で解読の結果を公開し続けました。
    万葉集の真の読み下しがわかると、日本古代史の真の姿が分かってきます。つまり万葉集は、ただ美しい情景を詠んだものではなく、情熱的な恋愛を詠んだものでもなく、その大半が政治的メッセージであり、政治的事件のルポルタージュであるということがわかってくるのです。
    2010年、イヨンヒ先生への手紙を携えて、友達と3人でソウルに行きました。当時イヨンヒ先生は韓国のポスコ製鉄会社の人材開発院教授でいらっしゃったので、ポスコ本社を訪ねて先生への手紙を託そうと思ったのです。しかし現地のガイドさんに、元国会議員でいらっしゃると伝えると、国会議員の知人がいるから聞いてみるといい、翌日にはイヨンヒ先生の住所と電話番号を調べてくれました。そしてなんと、ダイヤルを回して先生に電話をし、私に携帯を渡してくれました。先生はソウルではなく出身地の浦項(ボハン)に住んでいらっしゃいました。そこにポスコの製鉄所もあるのです。先生と電話で直にお話しできるとは思ってもいなかったので、慌てふためいて、手紙を送るので読んでくださいとしか言えなかったのが残念でした。先生は後援会があるので、入会してくださいと勧めてくれました。

その34     それにしても「事実は小説より奇なり」とはよく言ったものです。万葉集が解き明かす日本古代史の事実にはまったく仰天しました。
   3世紀中国の『魏志倭人伝』に邪馬台国の卑弥呼の記述があること、4世紀には飛鳥の三輪山を中心とするミワ王朝ができたこと、5世紀には中国の『宋書』に倭の五王の記述があること、同じく5世紀、世界遺産になった仁徳天皇陵の仁徳天皇を中心とするナニワ王朝が河内を中心として成立したということ。ちなみにヤマト(大和)王朝と呼ばれるのはずっと後の天平宝治元年(757)後半ごろからです。7世紀に大化改新があって中大兄皇子が蘇我氏を滅ぼしたことなどの諸説を知っている人はかなりの歴史好きと言えるでしょう。また仁徳天皇は謎の人物ですが、実は広開土王であるとか、継体天皇は中央アジアのエフタルから来たという説を知っているとすれば、かなりの歴史オタクです。
  飛鳥地方を中心として各地の豪族を宗教的、軍事的に圧倒し、しだいにその勢力範囲を拡大して、大化改新、壬申の乱を経て、8世紀の律令国家の成立を迎えたという日本古代史の概略は知っていても、その全体はぼんやりとしています。そのヴェールを万葉集が取り去ってくれるとは、まったく思いもしませんでした。

その35    「白馬(あをうま)の節会」をご存知ですか。7日の節会ともいい、正月7日、紫宸殿で、左右馬寮の白馬を天覧の後、群臣に宴を賜る奈良時代からあった宮廷儀式です。さて、どうして「白馬」を「あをうま」と読むのでしょう。コトバンクには「白馬」でも「あをうま」と読む、と一行。はぁー?説明になっていません。実は、「あをうま」というのは、古代韓国語でアヲルマル、アヲル(併せる、並べる)とマル(馬)。つまりアヲル・マルは馬併せ、馬並べで、観馬、馬の品評会を表す言葉になります。白馬は数少なく優雅で目立ちます。ですので、だいたい馬較べ(競争)では、白馬が優勝したのでしょう。したがってアオルマル=あをうま=白馬となったわけです。
   ビットッリは日本語になって「一人」。ビットッリは「へそ曲がり」という意味です。へそ曲がりな人に友人は出来にくいですよね。だから必然的に一人になります。なるほど。
   ナデッジゴは「撫子(なでしこ)」。意味はなんと「でしゃばり、やたらにはびこる」。撫子の花は繁殖力が旺盛であっという間に増えるから、だそうです。「大和撫子」はすなわち「でしゃばり女」。えーっひどい!
   マジャマジャは「まざまざ」。まさに。その通り。「はっきりしていて明白」と言う意味。現代韓国語でもあり「マジャヨ」は頻繁に使われます。

その36    日本語は世界の語族に分類できない特異な言語です。朝鮮語から派生したのは明白ですが、その朝鮮語も「ツングース語族?」となっていて語族系統は不明です。特に日本語には子音だけで独立した音はなく、子音には必ず母音がついています。aiueo,kakikukeko,sasisusesoというように母音で終わります。40年ほど前、耳鼻科のお医者さんである角田忠信さんが書いた『日本人の脳』という本を読みました。その中で角田さんは、日本語が特異なため日本人の脳は右脳(音楽脳)と左脳(言語脳)の境目が曖昧になり、普通は雑音でしかない虫の音に意味を見出し、秋だ、侘しい、悲しいなどと思う、という指摘があり、言語によって脳が変異するんだとびっくりしたものです。
     真っ赤な嘘、と言いますが嘘に色が付いているのではありません。アカの意は明白という意味です。したがって真っ赤な嘘とは明白な嘘という意味です。
    ビネモッスは「ひねもす」。意味は一日中、日の当たる間ずっと。「春の海ひねもすのたりのたりかな」。小林一茶の有名な歌です。ひねもすは純日本風の言葉と思われがちですが、実は韓国語由来です。
   「あくたいもくたい」または「あくたもくた」も、れっきとした日本語です。ひどい悪口という意味。東北弁では「あぐでもぐでつぐ」と訛って、ひどい悪口を言うの意味になりますが、これも純日本語風の韓国語由来の言葉。韓国語で「アグタイメェグタイ」。意味は「睾なし男の女なし男」。つまり去勢された男、男性として全く価値のない存在だと言う、最高の悪口です。去勢は家畜やペットに関しては、日常茶飯事ですし、トルコ帝国でも、中国王朝でも朝鮮王朝でも、後宮には王様に使える宦官=去勢された男子がいました。ところがその風習は日本へは入ってこなかったのです。それなのに去勢の意味は分からずながら、最高の悪口だと言う意味だけは伝わったというわけです。
   「老い」は孤独を意味します。ウェオイ=孤独。これがそのまま日本に渡って「老」を意味する言葉になりました。「老いぼれ」のボレは「ボヲレ」で捨てるという意味の韓国語。世間の役に立たず孤独に捨てられる人、年老いて忘れられる人が、すなわち「老いぼれ」ということになります。
    「わだかまり」は受けてという意味の「バダ」と、巻きつくことの「ガムリ」、要するに「大蛇に巻きつかれた状況」が「わだかまり」です。

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