絵ピソード5

その25      私の勤務先の学校でも、20年前から少子化の危機は叫ばれていました。その年に生まれた子供の数は決まっているので、15年後の中学校卒業生の数や、そのうち女子生徒の数はいくらかがすぐわかります。出生数が減っている。生徒獲得のために今何をなすべきか?抜本的改革が必要だと、会議につぐ会議では、さまざまな意見が 出ました。外部からコンサルを呼んで「あなたたちはゆでガエルだ、ぬるま湯に浸かってぼんやりしていると死んでしまいますよ」などとお金を払ってわざわざ脅迫されたり、、、。でも結局、20年経って生徒数は半減しました。しかし、一学年5クラス、1クラス30人弱になって、校内がしっとりと落ち着いてきたのです。経営面はともかく、教育的には全然悪い状態ではありません。
    今小学生の学力世界一はどこの国でしょう。実はフィンランドです。フィンランドでは日本の教育基本法を参考に教育改革を行い、学力世界一になったのです。フィンランドの小学校は1クラス18人前後が定員。この人数を二人の担任で指導すれば、学級崩壊など起こるわけがないのです。日本が経済大国になったその主要な要因も人口ボーナスです。世界10位の人口1億三千万人が経済的繁栄をもたらしたのです。教育もしかり、適正人数が大切です。
     第2次安倍政権が発足した時、安倍総理は真っ先に小学校を30人学級から40人学級に戻すと言いました。それを聞いて開いた口が塞がらなかったのは私だけでしょうか。この方は何もわかってないと怒り心頭でしたが、その後今日に至るまで、やっぱりやることなすこと“男達の悪だくみ(安部総理夫人昭恵さんの言葉)”だらけで、口を開けば嘘ばかり。これで小・中学生に道徳を強制するなんてどうかしています。幼稚園児でも嘘は泥棒の始まりと知っているというのに。教師のことも信用できずに教員免許の更新などという愚にもつかぬことをはじめたのも安倍さん。日本のように人的資源しかない国が、教育を軽んじてどうするのでしょう。教育を軽視する政治家は亡国の徒と言われても仕方がないと思います。

その26      1クラス30人弱でとどまれば全く文句はないのですが、いかんせんこのままだとさらに生まれる子供は減っていくでしょう。先進国で少子化をくい止めるのはむずかしいことです。でもフランスは生まれた子供が社会に出るまで1人に3000万円をかけて少子化をくいとめることに成功しました。それでも昨年あたりから再びフランスの合計特殊出生率が低下してきたとのことですが、成功事例があるのだからまずは学ぶべきではないでしょうか。昨年あたりから1年間の出生数は100万人を切りました。例えば100万人×3000万はたった30億円です。1年間で100兆も使う予算からたった30億が捻出できないなら国会議員など無用です。
    一機100億円のF35戦闘機100機買って1兆円払いますよとアメリカにおべんちゃらを言ってる余裕があるなら、注文リストから一機減らして100億円を少子化対策に使えばいいことです。日本の企業は利潤を溜め込んで、内部留保が400兆円。労働者に利益を還元して賃金を上げようとは考えません。その企業の法人税を優遇し、貧しい人ほど負担が重い消費税を10パーセントに増税しようなど、国民いじめもはなはだしいです。非正規労働者を増やし、低賃金で長時間働かせ、結婚もできず、子供も作れないような生活に追い込んでいるのはいったい誰でしょうか。
    日本人は自分から変えようとしません。でも“外圧”には負けます。現在の“外圧”は少子化現象。ユニクロやZOZOTOWNなどは給料や時給を上げ始めましたね。労働力不足によって日本社会もやっと他の先進国の周回遅れで変わっていくのでしょうか。そう考えれば少子化も悪くはありません。。

その27     昭和の終わり頃、県の社会科教師の研修会がありました。研究発表者は盛岡市内の公立高校の日本史の先生でしたが、そこで衝撃の事実を知りました。「聖徳太子は存在しない」というのです。その時30代後半だった私は、物心ついて以来聖徳太子の肖像画がついたお札を使ってきました。聖徳太子といえば、お札、お札といえば聖徳太子。国民の生活に密着していた聖徳太子。その聖徳太子が実在しない⁉︎えーーーっ。
   折しも、 1989年(平成元年)文芸春秋社から、李寧熙著『もう一つの万葉集』が、1990年(平成2年)には同じく文芸春秋社から小林惠子著『 聖徳太子の正体』が出版されました。小林惠子さんは岡山大学法文学部文学科東洋史専攻で、元東海大学史学科非常勤講師。李寧熙さんは幼少時代を日本で過ごし、その後韓国に帰国して梨花女子大を卒業され、韓国の新聞社の文化部長から国会議員に転身された、バイリンガルの児童文学作家。その後出版されるつど、両氏の本はもれなく読みました。特に李寧熙さんは後援会が結成されたのでその会員になり、機関誌もすべて読みました。私と日本古代史との遅い出会いでした。

その28    平成天皇は、2019年3月29日、奈良の神武天皇陵に退位の報告を行ったとニュースで報じられました。えっ?神武天皇陵?実在しない人物にお墓があるの???。明治政府は神武天皇がBC660年に即位したとして、その年を皇紀元年としました。すなわち皇国史観です。戦前ならいざしらず、2019年の天皇が大真面目に退位の報告をしているの?まじっすか?目が点になりました。紀元前660年に即位!縄文時代に天皇がいた!ありえません。ついでにこの架空の天皇神武は、日本書紀では127歳で没、古事記では137歳で没とされています。縄文時代晩期はすでに人生100年時代だったの、とツッコミをいれたくなります。
   しかし、この頃、安部政権が神武実在説を唱えているそうです。「神武天皇は実在の人物で、その建国の業績を讃えるべきだ。」まじっすか。神武天皇の偉業にそった憲法改正にしたいと三原じゅん子国会議員はテレビで発言したそうで、100パーセントまじのご様子。世界に台頭しつつある右傾化は、日本でもここまで来たかと愕然とします。

その29     神武天皇実在説は、明治時代も令和時代も、政治利用の、国民を馬鹿にした、とんでも説ですからいいとして、聖徳太子はそうはいきません。聖徳太子が実在しないなら、推古天皇は?蘇我馬子は?物部守屋は?小野妹子は?冠位十二階は?十七条憲法はどうなるの⁇⁇
    ただ考えてみれば、厩戸王という太子の別名は、馬小屋で生まれたイエス=キリストを連想させますし、太子が隋の煬帝に送った国書に、煬帝を対等と見た、あるいはむしろ見下すような一文があり、煬帝を激怒させたという話も疑問です。当時、中国より文化水準がはるかに低い朝貢国の日本の、しかも太子に過ぎない身分で、煬帝を怒らせるような国書を出せるはずがありません。しかも、煬帝の返書を遣隋使の小野妹子が紛失したが特に咎められなかったという話も疑問です。処刑されてもいいほどの失態なのですから。
    小林惠子先生の結論は「聖徳太子は、突厥王子達頭(ダルトウ)である」というものです。突厥はトルコ系の遊牧民族で、552年に中央アジアからモンゴル高原にかけて大帝国を作りました。583年東西に分裂し東突厥は隋に支配されました。ダルトウは西突厥の王子です。682年突厥は第二帝国を建国し、独自の突厥文字も作りました。唐帝国との交流も盛んでしたが、744年トルコ系のウィグルに滅ぼされます。6〜8世紀の東アジアは私たちが想像するよりずっとボーダーレスで、小林惠子先生の説も十分ありえる時代でした。もし聖徳太子がダルトウならば隋の煬帝を見下す態度も腑に落ちますし、唐代の中国では、ネストリウス派のキリスト教が大流行しましたので、厩戸王のネーミングもなるほどと頷けます。

その30    李寧熙(イ・ヨンヒ)先生は、韓国語も日本語もできるバイリンガルで、梨花女子大の英文科を卒業なさいましたが、副専攻で漢文も履修なさいました。また、新聞社にお勤めされ、文化部長だった時、新羅第22代智証王の天馬塚が発掘され、ランチをとる暇もないほどお忙しかったそうですが、古代の文献を読まなければならず、必然的に  吏読(イドウ)を勉強なさったそうです。吏読(イドウ)とは日本でいう万葉仮名のことで、古代韓国語の音訓を漢字を借りて表したものです。日本の万葉集の中にも、誰も読み下すことができない、いわゆる難訓歌が多くあることから考えても、万葉仮名を解読するのは難しいことです。吏読(イドウ)も同じく読みこなすことは難しく、中年になって一から吏読(イドウ)を勉強することは、難行苦行だったそうです。
    李寧熙(イ・ヨンヒ)先生は、その後韓国の国会議員になり、1982年に第一次日韓教科書問題が起こった時、 韓国の国会議員の一人として日本の国会議員との共同調査にあたられました。そのときに偶然、万葉集の難訓歌が古代朝鮮語で詠まれているのではないか、ということに気づかれたのです。
 

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