33 1300年前の古代が証言される

2020年12月23日 10:26

万葉集9−1667   太政天皇(持統)  大行天皇(文武)

1667、大寳元年辛丑冬十月太上天皇大行天皇幸紀伊國時歌十三首
為妹我玉求於伎邊有白玉依来於伎都白浪

従来訓
1667、妹がため我れ玉求む沖辺なる白玉寄せ来沖つ白波

真の歌意
政権取りに乗り出したので、私は皇位を得た。渡来のものがいるので、新羅王である私が頼って来て、渡来新羅人に後押しされた。

 697年ついに文武は天皇に即位し、700年、もう一人の天皇、多臣品治も死んだ。701年大宝律令が完成し安定を手に入れた文武は、大宝元年(701)10月、持統と共に紀伊の国を訪ねた。晴れの行幸、凱旋だったと言える。文武75歳、持統57歳だった。
 三重県志摩市大王町一帯に伝えられている古い民謡「エレワカ」。「エレワカ」は「あゝ!アゴ様!」の意になる。ワカはアゴが変音した言葉。アゴ様→ワカ様→若様である。アゴは「子」を指す。文武は当時の天武天皇の長男だったので、「お子様」の意味でアゴ様と呼ばれていた。そのアゴ様ゆかりの海であるということで英虞湾は古くからアゴの海、アゴの浦と称されていたのだ。阿児(あご)町も同様である。
 万葉集にしても民謡にしても、作って残すということは何と恐ろしいことであろう。1300年前の古代が生き生きと証言されるのである。

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