『三国遺事』の「萬波息笛」条は、ある日東海の海辺に小さい山が流れ来る話から始まる。新羅の第31代王である神文王がその山に登ってみると龍が現れて告げた。文武大王は海の中の大きな龍となり、一方金庾信は天神となって、今この二方が力を合わせて神文王を助けようとされているとのこと。この山中の竹を切り、笛を作って吹くと、災難から逃れることができると教えてくれる。王は喜び、竹を切って王宮に戻り笛を作って天尊庫に保管、事あるごとに取り出して吹いた。
この笛を吹くと敵兵は退去、病は治り、日照りには雨が降り、長雨は止む。神文王はこの笛を「萬波息笛」と名付け、国宝とした。「東海の海辺に流れてきた小さな山」とは他ならぬ「竹島」を指称する。神文王はこの島の篠竹で六孔の新羅笛を作り、ことあるごとに笛を吹いた。笛の音は文武大王が創建し、神文王が完成させた感恩寺に屯していた文武の密兵に届き、即刻援助の手が差し伸べられる…という手順である。
当時文武は日本に居た。天皇として実権を握ったのは697年以降であるが、愛人持統の権力の裏で新羅王である神文王を援助していたことがここに明らかになる。「萬波息笛」の4文字は韓国式万葉仮名である吏読で書かれている。ヨロヲバスームビリ、すなわち「難事解決」をあらわす言葉がここに生まれる。
「萬波息笛」。いかにも優雅な情景表現の言葉に見えるが実は切実かつ実務的な言葉なのだ。父文武大王が日本亡命後、息子の神文王には手に余る難事が任されていた。執政以外の日照りや大雨、台風による被害、敵軍襲来などなどである。